毎年のようにお届けしていますが、やっぱり一番身近で(うちの近所にはないんですけど、比較的見つけやすいですよね)感じられる春の足音といえば「フキノトウ(蕗の薹)」です。
いつもと同じじゃつまらないと思って、木洩れ日の中の蕗の薹です。あ、「木洩れ日の中の福寿草」と重なっちゃいましたね(^^;)
福寿草にしても蕗の薹にしてもこの時期に顔を出すためにちゃんと見合った姿かたちをしてるんですよね。木洩れ日の中にたたずんで寒さを堪えているんですね。マウスオンでどうぞ。
もちろん、日陰でもじっと耐えて、着実に成長していましたよ。
蕗の薹を見るといつも残念なものも見かけます。それは摘んでいく人。
たしかに蕗の薹はてんぷらにしたり、お浸しにしたりして食べると苦味が美味しいので、採って行きたい気持ちはわかります。
ですが、ここは皇居東御苑という管理されている場所です。公園や植物園などは誰か一人のためのものではなく、みんなで楽しむ場所です。私の1個ぐらいと思わないで下さい。私の1個も、百人の私で百個、1万人の私で1万個になるんですよ。
だからって私だってすべての行為をダメと入っていません。子ども達にちゃんと教えてあげながら勉強になるぐらいの最低限の範囲でなら許しますよ。そして、一緒に大事に見守る心の強さも育ててください。
去年は金子みすずさんの「ほしと たんぽぽ」という詩で、
みえぬけれども あるんだよ、
みえぬ ものでも あるんだよ
その前は
「天知る、地知る、我知る、人知る」で、お天道様もしっかり見てますよと書いて、あぁ、また、今年も書いちゃいました。
でも、蕗の薹は毎年私に、これから次々と芽吹いてくる自然の命を見守る姿勢を忘れないようにと教えてくれているようです。
「蕗の薹 尊さ教えに 顔を出し」
「一つ出て 摘まず見守れ 蕗の薹」
参加しています。もしよかったら1日1クリックお願いします
身近な自然からの便り |
参加しています。もしよかったら1日1クリックお願いします
【花歩記 いろいろの最新記事】










母も「仕事をしていると、立ち入り禁止のフェンスを越えて山に入ってくる人が多すぎる」と嘆いています。
「いのししに襲われる怖さを知らない人間の方が、ある意味恐ろしい存在よね〜。」だそうで・・・。
「山にある山菜=自由に取って良いもの」と思っている人の多さにあきれいている毎日です。
公園や植物園は皆が楽しむ場所!!
小さな保育園児だって理解し、新しい命の誕生を待っていると言うのに・・・。
見本となるべき大人の行動、最近は、見せられない行動が多いんですよ!!
どこでも困った人はいるんですよね。
山はなめてかかるととんだしっぺ返しを喰らう恐さを知らな過ぎですね。
山菜だって許可されたところや許可を取って決められた量だけを採らないと、採り過ぎ→資源の枯渇ですからね。
規則を守ることの大切さを子ども達にしっかり示す役割を大人がしないといけませんよね。
フキ(蕗 Petasites japonicus)がその薹を出す季節になりましたね。
先日フキ属のニオイカントウを写真に収めました。
フキ属について調べているうちにこちらにお邪魔することになりました。
蕗の薹は毎年味噌にして、春の香りを楽しんでいます。
ダッファー(仮名)
コメントありがとうございます。
あちこちで顔を出し始めましたね。
こちらではなかなか採れるところがない(無視して採ってる人はいますけど)ので目で楽しむだけです。