目立たないけどいろいろな花が咲き合っています。
菜の花もいいけど、足元にも目を向けてください。
私も写真を撮りますから
一歩でも近づいて、もっときれいに撮りたい
という気持ちはよくわかります。
でも、
あなたのその一歩のために折られる花があるんです。
あなたの一歩のために踏み潰される植物があるんです。
見た目が綺麗な部分だけをとらえるのが写真ではありません。
菜の花の周りで、あとを追って咲き始める花々のことや
管理してくれている方々の苦労にも思いを馳せ、
三脚だからいいだろうなんて思わず、
むやみに踏み込まず、踏み潰さない。
自然を大切にする中にこそ写真の醍醐味があると思います
ルールを守り、節度を持って、優しく見守りましょう。
花を見てきれいだからと追っていく方も多く見かけます。
一本だからいいだろう、
自分だけだからいいだろうなんて思わないで下さい。
100人の人が同じ思いで行なえば100本の花がなくなり、1000人が思えば1000本の花がなくなるんです。
あなた一人=100人いや1000人、いえいえ1万人、
つまり、みんなの行いなんです。
あなたの行いを誰も見てないわけではありません
あなた一人の行いをたくさんの人が見て不快な思いをしています。そして、あなたの行いが他の全ての人への規制へとつながるのです。
十八史略(じゅうはっしりゃく)に 「天知る、地知る、子知る、我知る(てんしる、ちしる、ししる、われしる)」という言葉があります。
「天が知っている。地も知っている。お前も知っている。私も知っている。どうして知るものがいないと言えるのか。(天知る、地知る、子知る、我知る、寧(な)んぞ知るもの無しといわんや)」
というように、必ず誰かが見ています。
最後に、
自然は自分からは逃げません。
逃げるきっかけを作っているのは人間です。
自然を遠ざけているのは人間です。
自然に対し畏敬の念を払い、
背景にあるたくさんのことに思いを馳せ、
謙虚になりましょう。
エゴを捨てましょう。
もっと視野を広げて
もっとゆったりと構えてみませんか?
そして、みんなで気持ちよく花を見、写真を撮り合いましょう。
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【雑記の最新記事】
美しい景色を撮ろうとする人も、
美しい心の持ち主とは限らないようですね。
足元の小さな芽や、草花や、虫の存在を、
きちんと知っている人。
そういう人でなければ、
美しい写真なんて撮れないと、
私は思います。
そう、
ブドリさんの言うように、
その一人ひとりが、
10人に、100人に、1万人に、
世界全体になる。
その自覚が、大切。
己を知ることが、大切ですね。
ブドリさんが撮る写真は、メインとなる草木や花々だけではなく、その周りで健気に咲く小さな命まで優しく収めてくれています。
撮影の背景には、ブドリさんの優しさや多くの思いがあるんですね。
心無い人達に、ブドリさんのこの『自然を愛する方々へのお願い』読んでもらいたいです。
過去に置き忘れてしまった優しさ、きっとその人達にも届くと思います。
言われないと気付かないことって結構あるかも・・・
私なら「あ゛―――!!!そこ―――!!!」
とか発してそう
おばちゃんですから〜^^;
スコップを持って山に入り、スーパーの袋に入れ野草を持って帰るのに、もともと入っていた食べ物の容器を投げ捨ててくれるんですよ。掘り起こされた根はたえてしまう、捨てられた容器の下には、新芽が出る邪魔をしている。そんなことがわからないと思うと残念ですよね・・・。
私の散歩コースに「とっていいのは写真だけ、持って帰るのは思い出だけ」と言う標語がたててあります。
ここまで言っておきながら、私の息子も野の花を自宅への帰り道に摘んできたり、畑からとってきたりします。
しかし、タンポポの綿毛は、その場で飛ばしてきますし、小さなお花たちは小さなカップに入れられ食卓へ、祖母や私へのプレゼントです。
もちろん「良いよ」との声がかからなければ、勝手に取ったりしませんので、摘んでるのは、親の私と言うことになります。
でも、摘んでくるということは、結局私のしていることも同じことになってしまいますか・・・。
著名な写真家の写真でもそうでしたが、ブログを通じて知り合った方々の写真に触れ、大きな自然も小さな自然も切り離してみるものじゃなくて一つの世界・ワンダーランドだと教えられました。
少しでも多くの方にそんな見方をして貰えたらなぁと思っています。
>かのこさん
足下って一番近くにありすぎて見えないのですよね。
一人一人がまずは足下を見つめ直していくことが、今、本当に必要なんだと思います。
>MAIさん
このコメントの最初にも書きましたけど、大きな木も小さな花も虫も切っても切れない仲なんだと気付いて欲しいです。
きっとそういう事の積み重ねから、世の中も変わっていくのだと感じています。
優しいまなざしを一人でも多くの方に持ってもらいたいです。
>イベリコブタちゃん
書いてないけど、何でそこに入ってるんだよ!というまなざしでじっと見てたんですけど、気付かぬふりして撮影されました。その場で「あっ!」とかって声を出した方がいいのかもしれないと思った。
でも、何も言わないでも、いけないことをしていると気付いて欲しかったですね。たくさんの子供も見に来ているのだからその手本になるように。
>なぎママさん
ちょっと言葉足らずですいません。
花を摘んだりすることすべてが悪いというわけじゃないんです。
許しを得て摘んだり、根こそぎ採らずに大事に摘んだり、自分の欲だけのためではなくそこに咲く花に対して愛情を持って接して貰えるかどうかが大事だと思っています。
摘まれる花もその人の心を感じるはずです。
その花に歓び、歓びを分け合いたい、来年も見られるのが楽しみ、という優しい気持ちはを感じれば、自分さえよければという手前勝手な気持ちも伝わるはずです。翌年綺麗に咲いてくれたり、枯れたり咲かなかったりするわけです。
オオイヌノフグリを抜かれてがっかりしているなぎ君のような気持ちで接して貰えれば花は喜ぶこととでしょう。また、なぎ君にとって今は心も成長するときだと思います。大切にする気持ちで接しているときは優しく見守り、雑に扱ったりしたら諭し、慈しむ気持ちを育ててあげて下さい。
先日、梅の写真を撮ろうと木に近づいたのですけど、足下にはオオイヌノフグリ。
別のところから近づきました。
なるべく自然に負担をかけぬように
自然に遊んでもらおうと思います。
とりあえず、気づいたところからでも
行動しないと、と思います。
個々の心がけなのでしょうけどね。
カメラをぶら下げている仲間として、
恥ずかしくならない行動をとらないといけませんね。
カメラ持ってヒドイ行為をしている方々には
がっかりきます。
車をいなか道の脇に止めて、草花を
大量に袋に入れちゃっている旅行中の方々にも
勘弁して欲しいです。
みんなで楽しむという精神は大切なのでしょうね。
自然の中を歩けば足で大地を踏むわけで、これは避けられませんしね。ただ、被写体を追うばかりに無我夢中になって周囲を省みず我欲に走ることは自省したいものです。
一呼吸置くというのでしょうか、自然は生きているし、人間は自然に生かされている、
そんなことを改めて考えさせられました。
カメラをぶら下げるものとして、まず自分から恥ずかしくない行動をとっていくことですよね。
>なるべく自然に負担をかけぬように
>自然に遊んでもらおうと思います。
まさにそうですね。共存共栄が大事ですから。
>ゆうさくさん
大地を踏むわけなので何も踏まないというわけにはいきませんよね。だから余計な負担をかけないように心がけることが大切なんですよね。
>自然は生きているし、人間は自然に生かされている
まさに仰るとおりです。本当にこのことを胸に刻んで接したいと思います。