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サーバー容量がいっぱいになったため移転しました。
ここには私のブログの更新情報のみ掲載いたしますので参考にしてください。

新たなブログのタイトルは

「心象スケッチ(新) 第2集」

URLはほとんど変わらず
http://tuiterune-sketch2.seesaa.net/tuiterune-sketch2と2が加わっただけ。
そして外観もほとんど変わりません。
これまで同様のご愛顧よろしくお願い致します。

2009年11月04日

雨降りお月様

11月に入ってから、お月さまを見られましたか?
今回は11月初旬のお月さまをお届けします。

11月2日の天気はいかがでしたか?
東京では日暮れ前にパラパラっと雨が降りましたが、日が暮れる頃には東の空の雲は薄れて上り始めたばかりのお月様がきれいに見えました。ところが、18時を過ぎるとにわかに雲が広がりだし、20時前には雨が降り出し、満月前日のお月様は見られないなぁとがっかりしていました。
午前0時を回る頃、床に入ろうとするその前、雨が降っていたので、「見えるわけないよな」と思いながら窓を開け、月のあるだろう位置を見上げてみました。すると、なんとなんと、雨の中、月の周りだけぽっかりと穴があいたように雲がなくきれいなお月さまが見えたんです。
あわててカメラを取り出して撮影しました。
雨降りお月様


ちょっと撮影すると流れる雲が徐々に月にかかりだしました。
雲がかかるお月様


どんどん雲が流れてきて、お月さまは雲の中に入り始めました。
それでも月明かりが雲を照らして存在感抜群!
雲の中のお月様

この後、さらに雲の量が増えて、あっという間に雲に隠されてしまいました。私が見ていたのはわずか3分ぐらいのこと。この時ほど「お月様が呼んでくれた!」と思った瞬間はありませんでしたね。

そして夜が明けて、日が暮れるとお月様が上ってきました。千駄ヶ谷駅前で5時半に撮影しました。
満月

この月が満月。ですが、雨降りお月様の方がよりまん丸に近いんですよ。
それは、満月になる時間が11/3 午前4時ですから、時間的によりまん丸に近いのは雨降りお月さんの方というわけです。

で、おまけです。
後の月を見ていたとある男の子が、
「どうしてお月見なのに、まん丸に見えるお月様じゃないの??」
と、疑問を投げかけたそうな。
たしかに後の月は旧暦9月13日の月ですから十三夜で、まん丸ではありませんね。
なんで後の月見をすることになったのでしょう。

この風習の由来についてはいくつかあります。
その1
菅原道真が9月13日の月を見て、月の光が鏡のようだという詩を詠んでから、一般に十三夜の風習が広まったという説。
満月ではなく、満月を待ちわびる十三夜に完全でないものへ対しての美を感じたのかもしれません。

その2
8月15日は先の天皇の忌日に当り、一月後らせたという説。この時、祥月命日もさける意味で13日にしたといわれています。これは宇多法皇の延喜19年(919)とも天暦7年(953)村上天皇の時だともあり定まりません。

その3
中秋の名月は中国の風習。この風習が入り始めた頃は日本と中国では暦が同じではありませんでした。そのため日や月が違うことがありました。閏月などがあると1か月ぐらい違うこともあります。日本で8月15日の中秋の名月を愛でようとしたら、中国ではまだ閏7月で中秋の名月は翌月ということを知り、1月遅らせると9月14日ということもありました。14は陰陽五行では縁起が悪いと1日早めて9月13日に月見をしたので後の月となった。

その4
平安時代後期の藤原宗忠の日記『中右記(ちゅうゆうき)』に、ある年の九月十三日夜、たまたま明月を愛でていた宇多天皇(在位西暦887〜897)の発意により、この夜が「名月の夜」と定められ、これが後の月となった説

などなど、諸説紛々としています。
平安時代の和歌にはすでに後の月が詠まれていることから、この頃にはすでにこの風習があったようです。

ここまで書きましたけど、これを子供に説明するのは大変だ〜
私としては、その1に近い意見です。
満月になるとその後は欠けていくばかりですが、十三夜は満月まであと少しで、まだ満ちていく月であることから、思いが満ちるようにと願いを込めて十三夜の月を愛で始めたのではないかと思います。

こんなことを考えながらではありませんが、私の部屋からは真夜中をすぎないと満月が見えてこないので、夕方に撮影した満月をプリントアウトして、一人月見をしましたとさ。
満月と.JPG



追記です。
銭無のとっつあんさんから頂いたコメントに「農耕との関係」とあったのでちょっと考えてみました。
稲作では旧暦の8月15日ごろは刈り入れの時期に重なります。
この時、収穫の感謝をこめて、中秋の名月を拝んだ。
刈り取った稲は当時は天然乾燥が当たり前。刈り取った稲の乾燥には天日で20日ほど、今よりも米は堅く乾燥しにくかっただろうし、暦を月で見たい手とすると、28日ぐらいは干していたでしょう。とすると、その頃がちょうど9月15日。お米はまん丸ではないので、満月よりもお米の形に近い9月13日の月にお供えをして感謝の気持ちを表したのが後の月の風習と考えても成り立つのでは?
月を愛でる風習はもともとは収穫の感謝を表した民間信仰からのものと考えるのが妥当ではないでしょうかね。

と、かなり大胆な仮説を立てさせていただきました。
銭無のとっつあんさん、ヒントをありがとうございます。

探していたら、月の見える位置によるのではないかと、説明している記事がありました。
十三夜を考える
これまた、なかなかの説ですよ。


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タグ: 満月 後の月
posted by ブドリ at 23:59 | 東京 ☀ | Comment(7) | TrackBack(0) | .お月様  | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは^^
非常に寒い日が続きましたが、お風邪は引いておられませんか?

月見といえば10月が余りに有名ですが、月はこれからますます美しさを増しますよね〜
冬の夜空に浮かぶ月のさえ渡る輝きといったら・・・。

あとちょっとで満月、という月を愛でる気持ち、何となくわかりますね。

P♪^^

Posted by りんりん丸 at 2009年11月05日 12:07
天からの贈り物でしたね!
日ごろから空を仰いで、天と地の仲立ち役をなさっているからこそのプレゼントでしょう。

とっても貴重な一枚ですね。
Posted by 森のどんぐり屋 at 2009年11月05日 12:47
きれいなお月さんですネ。

月にロケットでいける時代になっても、やっぱり「お月さん」と親しみをこめて呼びたいです。
神秘的な美しさで、すごく高貴な感じがある反面、優しく、見つめてくれている、といったところがこう呼ばせるのでしょう。

十三夜について、色々な説があるのですね。
どれもが、頷ける内容です。
実際には、古く農耕との関係があったのでしょう。
自然の美しさをめでる気持は、縄文や弥生の人々にもあったことでしょう。
Posted by 銭無のとっつあん at 2009年11月05日 18:58
りんりん丸さん

お気遣いありがとうございます。
いつ風邪をひいたのか記憶がないほどひいてないんですよ。
空気が澄むこれからの季節はすっきりときれいなお月さまが見える日が多くなりますね。寒いけど、眺めるのが楽しみです。
あと少し、と思う気持ちが美しさをより引き立ててくれるのですよね。


森のどんぐり屋さん

どんぐり屋さんにそこまでおっしゃってもらえるなんて、とてもうれしいです。ありがとうございます。
これからもしっかりと仲立ちをしていきます。

銭無のとっつあんさん

月にロケットで行けるようになろうが、観光旅行に行けるようになろうが、いつまでも「お月さん」と呼ぶ気持ちを忘れたくありませんね。
十三夜の説に農耕をとりいれるのを忘れました。
これ、追記に書きます。
Posted by ブドリ at 2009年11月06日 08:45
ブドリさん、初めまして。
私の駄文を読んでいただきまして、ありがとうございました。

 「後の月」の起源として、農耕儀式のひとつだったという側面は間違いないだろうとは思います。
 が、後に遊郭あたりでの客寄せのイベントでもあった(屋内から眺めるシチュエーションが多そう)という面を考えれば、月の高さはきっと重要な要素だろうと考えました。
 宮廷行事として考えれば、「借景」という考えを地上物から空にまで延長するというのも、結構アリなのではないでしょうか。

 即物的で乱暴なアイディアではありますが、その景色を風流とする人たちも少なからずあったでは?とも思うのです・・・。
Posted by Ar! at 2009年11月06日 23:27
5歳児のなぜどうしてを今回も丸なげしてしまったにもかかわらず、丁寧な答えをだしていただきありがとうございます(^^)

確かにその2〜4の説明をするのは難しかったので、その1の「満月ではなく、満月を待ちわびる十三夜に完全でないものへ対しての美を感じたのかもしれません。」をうちくだいて説明したところ、「ふ〜〜ん。」と答えは軽かったですが、しっかり納得してくれたようです。

これからも、お月さまについては、ブドリさん!!
よろしくお願いしま〜す(^^;
Posted by なぎママ at 2009年11月07日 15:29
Ar!さん

ご覧いただきありがとうございます
月を屋内から眺めるというシチュエーションはゆうかくでも、宮中でもあったのだと思います。ですから後の月も、見えることは大事だったでしょうから、考えられることですよね。

なぎママさん

なぎ君に説明するにはわかりにくい説ばかりですよね。
今はわからなくても、いつか自分なりの答えを探してくれることでしょうね。そのための足がかりにでもなってくれたら、それだけでうれしいです。
Posted by ブドリ at 2009年11月07日 23:11
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